弁置換手術

心臓の弁置換手

  

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☆心臓の弁置換手術

このページでは、弁置換手術
に関する
病院とのやり取りや手術の模様を
詳しくお伝えしております
この弁置換手術によって、妻は
当面の健康を取り戻し、職場への復帰も果たすことが出来ました
 
心臓の弁が傷んで、これが進行すると心不全に結びつく恐れのある
心臓弁膜症、薬物療法やカテーテル治療では対応 出来ない場合は
 
 外科治療に基づく弁置換手術しか方法はありません。>  
 妻は連日迷いに迷っていました。
 
まだ40代の女性が 胸にそれも縦に18センチもの傷を負う訳ですから
止むを得ない事かもしれません。心境察するに余りありますが
 
本人がじかに体験して、放っておくと死に至ることを身をもって経験した
わけですから、ここで決断をせざるを得なかった事と思います。
 
「手術を受けることにしましょう」と言ってくれたのは、退院から
四日経った日の朝でした。
「その代わりずーっと側についていて欲しいんですけど・・」
 
その表情は生まれて初めて受ける大手術への不安に満ちて、心細さに
今にも泣き出しそうでした。「安心しなさい。僕がついているから」と
元気付けて、やっと本人納得の上で、弁置換手術を前提とした行動に
移ることになりました。
 
内科の主治医の紹介書に書かれた宛先には、医科大学付属病院の
心臓手術を専門とする第二外科の有名な教授名が表記してありました。
 
聞くところによりますと、熊本市にも評判のよい病院があるとか、
ただ熊本までは片道4時間、往復8時間の道のりです。これから何回往復
することになるか分かりません。の点近いほうが有利かなとか、いやこの
事態は、そんなことを考えている余裕は無い筈だなど色々と迷いましたが,
 
取り敢えず、紹介された教授にお会いして、そのことも含め、
相談してみようと言うことにしたのでした。予約を取って、
その主任教授とお会いできたのが一週間後のことになります。
 
 持参したデータに目を通して頂きました。「ほぼ、このデータで現状の
把握は出来ました。しかし、手術を引き受けるまでには、より以上の精密な
データが必要になります。
 
その上で十分のご理解を頂いて2〜3の選択上のご相談もありますから
これから何回か来ていただくことになりますが、よろしいですね。
 
それと熊本の病院のことですが、今では技術的には全く違いはありません。
当院でも同種の症例は、何十件とこなしており、一件の失敗も
ありませんからご安心ください」とのことでした。
 
その日は血圧や心電図など基礎的な検査を受けて帰宅しましたが、
その際次回の検査についての説明があり、次回は大腿部の動脈から
挿入したカテーテルから、直接心臓に染色剤を注入して、心臓内部の
血流をレントゲンの動画で撮影し、弁の動きを克明に観察します。
 
動脈を傷つけるので、これが完全にふさがるまで一泊入院になるかも
しれませんとのことでした。
 
 
 
(心臓の構造について)
 
ここで、学生時代に帰ったつもりで、心臓の構造について復習してみたいと
思います。繰り返しになりますので、ご存知の方は読み飛ばしてください。
(図解参照)
 
心臓は、左右二つずつ合わせて四つの部屋から出来ています。右側に
(これは自分から見て)全身の汚れた血液が集まる 右心室とこれを
肺へ送る右心房、左側に肺で酸素を得て綺麗になった血液を受け取る
左心房とこれを全身へ送り出す左心室です。
 
この右心室と右心房の間にあって血液を一方方向へ流すための弁が
三尖弁(さんせんべん)、右心房の出口にあるのが肺動脈弁、左心房と
左心室の間にあるのが二尖弁(僧帽弁)、左心室の出口にあって全身に
血液を送り出しているのが大動脈弁で,夫々が一日リズミカルに、
10万回開閉を繰り返しています。
 
妻のケースでは、僧帽弁と大動脈弁が置換の対象になります。
 
 
精密検査の日を向かえ、意を決して迷いのなくなった妻と一緒に、片道、
車で45分の医科大学付属病院へとでかけました。
 
到着後、妻は検査室へ私は待機室で検査が終わるのを待ちます。
その間約3時間、病院の食堂で昼食をとり、症状の軽いことを祈りながら
待機していました。
 
ようやく検査が終わり、その日のうちに結果が聞けるものと期待して
いたのですが,検査結果の作成や、院内体制、担当チーム内での検討に、
時間をくださいとのこと。その日は、検査のみで帰宅となりました。
 
それから2〜3日して、病院からの連絡が入りました。
 
検査結果と治療方針がほぼ決定いたしましたので、おいで頂きたいの
ですが、今回は特に重要な案件もご相談したいので、ご本人は勿論ですが
ご親戚の方もにも声をおかけいただいて、多くの方のご了解の下で
進めたいとのこと、早速親族へ連絡を取り、叔父伯母あわせて7人で、
話を聞くことにしました。
 
以下執刀医の報告と相談案件の概要です。
 
ご本人が幼少の頃、記憶には無いかもしれませんが、当時デング熱とか
リウマチ熱と言って42度を超える高熱に晒され、当時の物不足で抗生剤
も無く、手の打ち様が無かったと推測されます。
 
その長時間に亘る高熱のため、心臓の弁が傷み、弁膜症の原因と
なったものと考えられます。それでも、若いうちは組織の柔軟性が
それをカバーして、お仕事も元気にやってこられたと思いますが
 
やがて更年期を迎え、弁そのものが硬直化が始まり弁の役を
果たせなくなってきます。この心臓の血流を示す動画をよく見て頂きますと
分かりますが、弁の近くで血流が渦を巻いています。
 
これが弁の隙間から血液が逆流している様子になります。このままでは、
その内血液が全身を回らなくなり、重大な結果を招くと考えられます。
そこで私どもは、検討の結果、次の二つの方法をご提案いたします。
 
夫々に一長一短があります。一つは、生体置換と呼んでいますが,豚か
牛の弁を加工して使う方法です。術後のケアが殆ど要りませんが10年から
15年しかもちません。大事をとると10年したら再度やり直さねばなりません
 
今一つは、人工弁の置換です。これはチタニウムとカーボンで出来ていて、
耐久性は抜群です。100年はもつでしょう。只、人の体にとっては、
飽くまで異物です。
 
この人工弁の周りで、血液が凝固し,血栓を作ります。これを防ぐために
ワーファリンという薬を投与し続けなければなりません。この薬を飲み
忘れると命取りになってしまいます。
 
この二者択一は、私共のほうでどちらかをお勧めすると言った
ものではありません。
 
患者さん始め皆さんでよくお考え頂き、選択してください。
 
この説明に対して、ひとつだけ私のほうから質問をいたしました。
それは10年経って又この大手術を受けることだけは避けたいとの
思いからワーファリンの効果の実症例に関する確認にも似た質問でした。
 
 医師の回答は、個人差はありますが、との前置きを付けてでしたが、
非常に肯定的だったと記憶しています。その証拠にと言っては言葉が
悪いかもしれませんが、その場で本人の意向や親戚の皆さんの意向も
加えて、人工弁の置換を選択したことになります。
 
 
心臓手術の当日がやってきました。その日は、親戚も含めた7人が
朝8時に病院に集まり、手術室へ入る本人への激励と手術中の待機に
あたりました。
 
病室を移動用のベットに乗せられ、出発する妻に「頑張るのですよ」
とみんなで声をかけますと、少し青白い顔でうなづきながら、
軽く笑みをたたえ、すっかり観念した様子に見送る側も「ほっ」と
胸をなでおろしたことでした。
 
事前の説明によりますと、所要時間は、早くて8時間から10時間との
事でしたから、9時に始まったとして早ければ17時、遅くても夕方7時
までには終わることになります。
 
皆も心配だったのでしょう誰一人帰ろうともしないで、
待機を続けてくれました。
 
夕方5時を少し回った頃でした医師団の一人の先生が入ってきて、
ご親戚の皆さん手術は完璧に終わりました。輸血用に用意した血液も
一滴も使わずに済みましたから、今後、輸血による障害の心配も全く
ありません。ご安心ください。
 
ご本人は後数時間麻酔が効いて眠っておいでですので、本日のところは、
これで解散して頂いて結構です。皆の中から歓声があがりました。
 
こうして長かった手術も終わり、親戚の皆さんに深くお礼を申し上げて
その日はお帰りいただきました。私も緊張の鎖がとかれた途端、
ぐったりと力が抜けてしまい、自宅に帰り睡眠をとることにいたしました。
 
 
その翌日のことです。ちょっとした珍事が起きてしまいます。早朝6時、
枕もとの電話機の音に、強引に現実へと引き戻され、いきなり飛び込んで
きたのは、病院の看護婦さんの事務的な声でした。
[奥さんがご主人に至急お会いしたいそうですからすぐ来て頂けますか」
 
妻の容態でも急変したのかと、まだ醒めきれない頭にムチを入れながら、
病院へと急ぎました。妻の居るICUへと直行しますとどうぞと、看護婦さん
がそっけなく妻を指差します。
 
近づいてどうしたのと耳を近づけますと、妻が小声で『あの先生とこちらの
看護婦さんが、私を殺そうと企んでいます。何とか止めてほしい』
さも疑わしげな表情で、訴えます。
 
あの先生達はね,貴女の命を救おうと、こうして徹夜で頑張って頂いて
いるのですから、殺されることなんてありえないでしょうと
説得するのですが、全く納得してくれそうにありません。
 
そうこうする内に、その先生に手招きで呼ばれて、先生曰く
 
「いやー よくあることなんですよ。原因は分からないのですが,この異様
ともいえるICUの雰囲気が患者さんに一過性の被害妄想をもたらすようで、
治療を拒否されるケースもあります。
 
この方の場合経過も良好なようですから、早めに一般病棟へ返して
あげるように努力しましょう。私たちはこの現象を
ICU症候群と呼んでいます。』お話を伺って一安心でした。
 
 
その後3〜4日で一般病棟へ、例のICU症候群とやらも自然と消えて
、本人の記憶にも残っていない様子です。
 
そして待ちに待った退院の日をを迎えました。妻の背中に耳を押し
当てますと、埋め込んだ機械弁がトキッ・ トキッと、血液を残さず
全身に送り続けている様子が手にとるように伝わってきます。
 
これで、心臓だけはあと100年保障つきだねと冗談の会話を楽しんだ
ものでした。
  
 
 
 
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